そして雑誌ロボットの発売日がやってきた。
朝起きて店に下りると、店の周りは報道陣でいっぱいだった。
でもなんだか様子がおかしい。公表していないはずの店に報道陣がくるなんて・・・なぜ?
そして、レポーターらしき人たちは口々にこういうのだ。
「すみません。ロットさん!ビィの取材をさせてください!」
「感情をもったロボットなんてほんとに存在するんですか?」
感情を持ったロボット?
それは伏せて書いたはずじゃ・・・
店の裏口からドンドンとノックの音が聞こえ、リリィの声がした。
「リリィです。あけてください!!」
俺は急いで裏口の扉をあけた。
すると報道陣にもみくちゃにされたのが服もメイクもよれよれのリリィが飛び込んできた。
「どうなってるの・・・ロット・・・」
「大丈夫か?リリィ。こっちが聞きたい。一体どうなっているんだ!」
そこへガスが降りてきてこう言った。
「そりゃ、感情があるロボットなんて格好の取材対象じゃないか。天下の雑誌ロボットがとりあげたんだったら信憑性が高いしな。」
「どういうことだ?」
そう聞くと、ガスは雑誌をこちらに投げてよこした。
「この記事みてみな。」
リリィは記事を見つめ、信じられないとばかりに雑誌を床に落とした。
「・・・・そんな!こんなこと書いてない!」
「どういうことだ?」
俺は雑誌を拾い上げ、記事を読んだ。
「記事が書きかえられてる・・「感情のあるロボットビィ。それは偶然が生み出した!」なんだこれ・・」
そこには、リリィが書いて見せてくれたのとはまったく違う記事が掲載されていた。
「あんたがどんな記事書いたかしらねぇが、実際に載ったのはこの記事。こんな記事マスコミの餌食になるわな。」
「どういうことなんだよ!リリィ!」
俺は思わずリリィに詰め寄った。
「私は感情があるロボットのなんて書いてない。ただ純粋に貴方たちの関係がすばらしいことを伝えようとしただけ・・」
リリィはショックから抜け出せない様子で空を見つめ呟いた。
「きっと誰かが書き換えたんだろうよ。一般受けのいいようにな。」
ガスの言葉が冷たく響く。
「編集長・・そんな・・」
崩れるように床に座り込むリリィ。
それをみて、ビィが駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
ビィを見つめ、リリィはすまなそうに目を潤ませた。
「ありがとう。でもごめんなさい。私のせいで。」
「貴方のせいではありません。」
ビィの声は強く響いた。
そう、たしかにリリィのせいじゃない。
リリィは俺達を理解しようとしてくれたじゃないか。
リリィを責めたってしかたがない。
「そうだよ。リリィ。君のせいじゃない。」
しばらくリリィのすすり泣く声が部屋に響いた。
「しかし、この記事の書き方じゃビィが見世物みたいだ・・・」
「いいじゃねえか。このロボットを研究施設でもどこでも渡しちまえば騒ぎは収まる。」
今まで黙っていたガスが突然言った。
渡す?ビィを??
「何言うんだ!ビィを売れっていうのか?」
思わす俺はガスに詰め寄った。
「それしかないだろ。この騒ぎじゃ商売にならねぇ。」
ガスは涼しい顔でそう続けた。
「でも・・ビィはものじゃない!売るなんてそんな・・」
「ロボットじゃねぇか。所詮。代わりなんていくらでもある。」
そんな・・代わり、ビィの代わりなんてどこにもいない。
ビィはビィ、ただ一人だ。
「所詮ロボットなんだ。目を覚ませ。」
ガスは熱くなることはなく、ただ俺を諭そうとしているようだ。
「違う!ビィはほかのロボットとは違うんだ。」
それと反比例するように、俺の感情は高まっていくばかり。
「なにが違うっていうんだ、バグが起きてるならただの不良品じゃないか!!」
不良品?ビィが?
違う・・・ビィは・・・・
「不良品なんかじゃない!ビィは友達だ!」
気が付いたらガスが床に座り込んでいた。
右手が熱い。
ガスを殴ったらしいことにしばらくしてから気が付いた。
「二人ともやめてください。」
ビィがの手を取り、そう呟いた。
ビィの冷たい手が、火照った右手に心地よく気持ちが落ち着いていくのがわかった。
「ロボットは引っ込んでな。」
ガスが立ち上がり、ビィを俺から引き剥がすように肩をつかんだ。
「そんな言い方するな!」
そんなビィをかばうように俺の後ろに隠し、俺はガスをにらんだ。
「落ち着いてください、ロット。」
背中からビィの声が伝わる。
「ビィ、君のことをけなされてるんだ、わかるだろ?」
「・・私はロボットです。それは事実です。」
ためらいながら、でもしっかりとした口調でビィはそう言った。
その言葉を聞いたとき、俺はなぜかたまらなく涙がでそうになった。
「ビィ・・違うんだ、そういうことをいってるんじゃない・・・」
背中に隠したビィの方を振り返り、目を見つめ俺は言った。
「ロット。私は貴方のために存在しています。でも、貴方が苦しむために存在しているのではありません。」
ビィの青い目は、どこまでも澄んで迷いなどどこにも感じられなかった。
「ビィ・・」
俺はそんなビィをみて、言葉を失った。
「わかったか。このロボットだってこういってるんだ。明日にでも引き取ってもらおう。」
「そんな・・」
ビィがいなくなる?この店から。俺の傍から・・・
「ここは俺の店だ。こんな状況なんだ。文句はいわせねぇぜ。」
ガスはそういい残し、店の奥へと消えていった。
「ほんとにごめんなさい・・」
それまで呆然と俺達の様子を見ていたリリィが駆け寄ってきて言った。
「どうしよう・・」
「貴方のせいではありません。」
ビィがまたきっぱりとそう言いきった。
俺は呆然と言葉を失ったまま、ビィの言葉をぼんやり聞いていた。
「ビィ、ごめんなさい。貴方研究施設になんて引き渡されたらどんなことされるかわかったもんじゃないのよ?」
リリィはビィの手を取り、大切そうに包み込んだ。
その姿は間違いなく友情というキズナで結ばれた二人だった。
「・・でもそれでここはもとに戻る。」
「違う、貴方がいないのだから・・」
「私の代わりなんていくらでもいる。」
「他の人にはそうかもしれない。でもロットは違う。貴方を必要としてるの。わかる?」
そういって、リリィは俺の方を見た。
そうだ。俺にはビィが必要だ。
代わりなんて、ビィの代わりなんてどこにもいない。
「ロットはいいました。私は彼の夢だと・・でも、今のままじゃその夢を私が壊してしまうかもしれない。」
「それは・・・」
俺の夢??
「そんなのいけないと思います。」
「そんな・・・貴方がいてこその夢でしょ??ねぇ、ロットなんとか言いなさいよ!!」
俺の夢。ココロのあるロボットを作ること。
感情を持ったロボットを作ること。
ピリリリ ピリリリ
そこへ、電子音が鳴り響く。
どうやらリリィの電話のようだ。
「編集長!ごめん、出るね。」
そういってリリィは電話の通話ボタンを押した。
「あの記事どうなってるんですか?えっ?そっちにも報道陣が?わかりました。すぐ戻ります。お話はそちらで。」
電話を終え、リリィはすまなそうに言った。
「ごめんなさい、私会社に戻らないと・・・」
「わかりました。気をつけてくださいね。外はまだ大騒ぎです。」
「ありがとう。明日またくるから。ほんとごめんなさい・・ロットをよろしくね。」
「大丈夫です。」
「ロット!」
リリィが俺を呼んだ。
「しっかりしななさい!ビィを守りなさい。貴方にしかできないのよ?」
そういってリリィは店を出て行った。
ビィを守る。
そう、俺がビィを守らなくてどうするんだ。
「ビィ?」
「はい。」
俺は決めた。
誰がなんと言おうとビィは俺が守る。
「俺と一緒にここから逃げないか?このままじゃお前は見世物になっちまう。」
ビィは言葉を失ったようにただ俺を見つめていた。
「ロット・・」
「見世物なんて。そんなの耐えられない。ビィがそんな扱い・・」
しばらくの沈黙の後、ビィがこう切り出した。
「でも、そんなことしたらロットの夢は?」
ビィはこんなときでも、俺のことを考えてくれるのか。
自分がこんな状況に置かれていても・・
「こころのあるロボットを作るのが貴方の夢。ここから逃げ出してしまえばそれは叶わない。」
たしかにここから逃げるってことは、一生表舞台にはたてない。
ひっそりと身を隠して生活することになるだろう。
「だからって、ビィ、君を犠牲にすることは出来ない・・」
そんな俺の手をとり、ビィは続けた。
「ロット、貴方は私を夢だといってくれた。うれしかった。でも、私のために夢を捨てようというなら、私の存在価値はなくなる。」
「そんなことない。ビィ、君がいてくれればいいんだ。」
そう今の俺には、ビィがいなくなってしまうことの方が辛い。
ビィの犠牲の上に成り立つ俺の夢なんてなんの価値があるんだ。
そう言いきる俺を、ビィは苦しそうな、悲しそうな目で見つめた。
そんなビィの目を見ているのが辛くて、俺は腕の中にビィを閉じ込めた。
「明日の明け方ここを出よう。そして、どこか田舎のほうに身を隠そう。二人で静かにくらそう。」
腕の中のビィは動かず、俺は不安になり抱きしめる腕を強くした。
それに気づいたのかビィは、俺の腕をとりこう言った。
「・・・・わかりました。」
その言葉を聞いたとき、俺は決めた。
これから先、ずっと。俺がビィを守る。
「ビィ・・それじゃ俺は必要なものをそろえに行ってくる。ここでおとなしくまってるんだよ。」
「はい、ロット。」
俺ははやる気持ちを押え、店から飛び出した。
ビィを一人置いて。
* * * * * * * * * * * * *
2006/03/26
最終話が長くなったのでまたわかれてしまいました。
ラスト1話。3月中連載終了・・・・できるかな??