朝日が差し込む部屋。
俺はその光で目を覚ました。
目の前にはいつもどうり店の簡易ベットに横たわるビィ。
俺が電脳を調べていたためビィの電源は落としてあり、あの蒼い目は開かれてはいない。
「いけね。また徹夜しちゃったか。」
急いでビィの電源を入れる。
閉じられていた目が開き、蒼い目が俺を見つめる。
「おはようございます、ロット。」
「おはよう、ビィ。ごめん、うっかり寝ちゃって。急いで開店準備するから手伝ってくれるか?」
「わかりました。でもロット・・・大丈夫ですか?」
「なにが?」
ビィはベットからおり、俺に近づき手をのばした。
ビィの指が触れると鉄独特の冷たい温度が頬に伝わった。
「くまできています。最近あまりおやすみになってないようですが・・・」
指が頬をなぞる。
そこからビィの俺を心配する気持ちが流れてくるような気がした。
「・・・大丈夫だよ。ビィの電脳を解析するのにいろいろ手間な。でもおかげで結構研究進んでるよ。」
あの日からほぼ毎日、俺はビィの電脳のバグを解明すべく研究に取り掛かっている。
「研究も大切ですが、ロット。貴方はロボットではないのですから、適度な休息も必要です。」
「わかったわかった。心配してくれてありがとな。」
そういってビィの頭を撫でると、ビィはまた困ったような顔で俺を見つめる。
「ロット・・・」
「ビィ・・・」
蒼い瞳が俺を見つめる。
その目に見つめられると俺は金縛りにでもあったかのように動けなくなる。
動悸がはげしくなる。胸がくるしい。思わずビィの手を取ろうとしたそのとき・・・
「すみません。」
と店の入り口からリリィさんの声が聞こえた。
そうだった、最近忙しくて時間がとれず開店前に取材をうけることになっていのだ。
そのとたん、ビィはくるりときびすを返し店の入り口へ向かっていった。
俺は差し出した手をもてあまし、空をつかんでポケットにしまった。
「いらっしゃいませ。ロットに御用ですよね。ソファーに座っておまちください。」
「・・・わかりました。」
リリィさんが答えその後、ソファーがきしむ音がした。
「リリィさんいらっしゃい。すみません、開店準備がすんだらいきますんでちょっと待っててください。」
俺は寝過ごしたせいで遅れている開店準備を思い出し、せっせと仕事をはじめた。
胸にのこる痛みをまぎらわすかのように・・・
「気にしないでください。こちらこそ朝からすみません。」
「いえいえ。」
机をいつもより念入りに拭く。
ごしごし、ごしごし。無我夢中で掃除していると向こうからビィの声がした。
「飲み物お持ちします。紅茶のほうがよろしいですか?」
「・・・なぜ?」
リリィさんがビィに質問するなんてめずらしい。
そう思っているとビィはリリィさんに向かいこう言った。
「いつもコーヒーをおだししていますが飲まれていないようなので。お嫌いかと思いまして。」
たしかに・・・そう言われればそうだったような。
しかしビィはよく気がつくな。
「・・・そう、嫌いなの。紅茶がいいわ。」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ビィはそういい残し奥へと入っていった。
俺はついとまってしまっていた手を動かし、急いで仕事を片付ける。
ここで手を抜くとまたガスにしかられる。
最近俺がビィの研究に熱心になっていることをガスはあまりよく思っていない。
言い争った日以来、表面上は普通を装っているがきっとガスはまだ怒っているのだと思う。
こうやって朝まで研究をして、開店準備が遅くなるとガスは露骨に嫌そうな顔をする。
プライベートを仕事に持ち込むのはルール違反なのだろう。
特にビィのこととなるとなおさらだ。
すみずみまでぴかぴかにし、店の札を「OPEN」にする。
と、上からガスが降りてくる音が聞こえた。
「おはよう。ロット。」
「おはよう、ガス。」
「リリィさんもおはよう。朝から熱心だな。」
「お邪魔しています。」
リリィさんは椅子から立ちあがり一礼した。
「なにかまわんさ。ロット掃除はもういいからリリィさんの取材に協力してあげろ。」
「ガス・・・わかった。」
俺は雑巾をガスに渡すと、リリィさんの向かいに座った。
「お待たせしました、今日はなにから?」
「先日は失礼しました。少し感情的になってしまいまして・・」
「いえ、気にしてませんから。でも、ロボット嫌いなんですか?」
少し考え込むようなしぐさのあと、リリィさんは顔をあげ話し始めた。
「・・・私の父は小さな工場で働いていました。その工場はもうありません。なせならうちの取引先がロボットを導入し、うちで作っていた部品の生産をはじめたからです。ロボットは初期費用はかかりますが、賃金は発生せず、文句もいいません。壊れたら直せばいいんですから。次第にうちには依頼がこなくなり会社は倒産しました。うちはロボットの部品も作っていました。皮肉ですよね、作ったものに壊されるなんて・・ただそれだけの理由です。」
一気に言い終えるとリリィさんは息を吐き出した。
「すみません。なんだか込み入ったこと聞いてしまって。」
「いいんです。仕事とはいえ聞くばかりではフェアーじゃなでいすし。」
「じゃあ、もう一つ聞いていいですか?」
「なんですか?」
「どうしてこの仕事をしてるんですか?嫌いなんですよね?ロボット。」
「興味です。ロボットがどこまで人間の真似事が出来るのか、限界がくるのを見てみたいんです。そのうち人間をも上回る存在になりうるのか、この目でたしかめてやろうそう思いました」
「強いんですね、リリィさんって。」
俺がそういうと、リリィさんはふっと笑顔を浮かべた。
「そうですかね?たんなる意地ですけどね。」
「そうともいいますか、ははっ。」
意地って、リリィさんらしい答えだな。そう思うと思わす笑いが漏れた。
それを聞いてリリィさんも表情を崩した。
「えぇ、ふふふっ。」
笑うリリィさんをはじめてみたような気がする。
笑ったリリィさんの顔は今までみた印象をがらりと変えるほど幼さを残していた。
そんなリリィさんに思わす俺は思ったことをポロリと口に出してしまった。
「そのほうがいいですよ、リリィさん。」
「はい?」
「ここにはじめてきたときから難しい顔ばかりして、そんなんじゃ疲れません?」
「・・・」
リリィさんが急に黙るので俺はあせって弁解した。
「笑ってるほうがいいですよ、かわいいです。って年上の人に言うことじゃないですね。すみません。」
「いえ・・ありがとうございます・・・では、本題に戻しますね。」
そういうとリリィさんはいつもの黒いかばんからレコーダーとメモを取り出した。
心なしか耳が赤い気がするが・・・その顔はもうキャリアウーマンといった表情に戻っていた。
そこへビィがトレイを持って奥から戻ってきた。
「お待たせしました。今日は一緒にパイをお持ちしました。」
「ありがとう、相変わらず気が利くな。」
「ありがとうございます。このパイは紅茶によく合うと思いますので是非どうぞ。」
そういってビィはリリィさんの前に紅茶とパイを置いた。
「・・・・」
「では、失礼します。」
そういってビィは仕事に戻って行った。
リリィさんはなにか複雑な表情を浮かべながらビィを見つめていた。
「あのロボットなんですけど・・」
「ビィですか?」
「ビィ・・変わってますよね。貴方がお作りになったんではないんですよね?だったらなぜ?」
「電脳にバグが生じてるみたいなんです。原因は不明なんですが・・」
「だから、あんな変わった・・・人間みたいな反応をするんですか?」
リリィさんの言葉に俺は驚きと、うれしさを覚えて身をのりだした。
「リリィさんもそう思います??ビィは他のロボットとは違う、心のようなものをもってるんじゃないかと思うんです。」
「こころ?」
リリィさんは信じられないとばかりに言葉を繰り返した。
「いまのところ詳しいことは調査中ですが、そのバグによりなんらかの突然変異が起き、ビィに感情というものを生み出している・・そう思うんです。」
「ロボットに感情?ありえない・・・」
そういいいながら、リリィさんは複雑な表情を浮かべた。
そのリリィさんにたたみかけるように俺は続けた。
「みんなそういいます。師匠も・・ありえないって。でも証明してみせます。時間はかかるかもしれませんが・・」
「では、研究対象としてあのロボットを使うとそういうことですね。今度じっくり取材させてください。私もあのロボット興味があります。」
仕事として割り切ったのかなんなのかは俺にはよくわからないが、なにかを吹っ切ったようなそんな目をしていた。
「どうぞ、でもビィは研究対象ではなく俺の友達なんで注意してくださいね。」
「わかりました。貴方の友人として扱います。大丈夫、仕事ですから。」
「よかった。壊されたらどうしようかと思いましたよ。」
「失礼な!そんなことはしませんよ。」
リリィさんの声がちょっと大きくなったものだから俺は驚いて慌てて
「冗談です。」
とつけたした。
すると・・・
「わかってます・・」
とちょっと恥ずかしいそうなりリィさん。
なんだか来たときとだいぶ印象が変わたな。
もともとはこういう人なのかもしれない、と俺は思った。
「すみません。ちょっと調子に乗りましたね。」
「いえ、打ち解けてくれるのはいいことです。取材しやすくなりますから。」
「そうですか?なら良かった。」
リリィさんは出された紅茶を一口のみ、考えるような表情を浮かべたあとこう切り出した。
「すこしあのロボットとお話させていただいていいですか?」
俺は振り返りビィを見つめた。ビィは机に向かって伝票の整理をしていた。
「いいですよ。ビィ!ちょっと」
ビィが俺の声に反応し手を止め俺を見つめた。
「なんでしょう?」
「リリィさんが君と話がしたいって、君に興味があるらしい。」
「それはありがとうございます、是非お話させてください。」
そういうとビィはこちらに向かって歩いてきて、俺の隣の椅子に腰掛けた。
「こんにちは、リリィさん。ビィと申します。」
「こんにちは・・・」
二人の間に流れる空気はなんだか重苦しかった。
「リリィさん・・・あの・・」
俺が沈黙に耐え切れず話し掛けようとすると、それに構わずリリィさんはビィに言葉を投げかけた。
「あなた、一体どうなってるの?」
「私はビィ、どうなってるとはどういうことですか?」
「ビィ・・貴方さっき私に紅茶のほうがいいかってきいたわね、なぜ?」
「いつもコーヒーを残されていたので・・お嫌いかと。」
その言葉にリリィさんは驚きを隠せない様子でビィに詰め寄った。
「その思考がどうなってるかってことよ。普通のロボットはそんなことしない」
今度はビィが困ったような表情を浮かべる。
俺はそんな二人を見つめながらかける言葉が見つからずただ呆然と眺めることしか出来なかった。
そしてビィはリリィさんの目を見つめこう言った。
「・・わかりません。私は私ですから。」
リリィさんは突然立ち上がり興奮したようにビィに向かって言葉を吐く。
「ロボットのくせにアイデンティティーを主張するっていうの?どうせ貴方だってロボットじゃない。」
「たしかに私はロボットです。でも、ロットは私は生きているといってくれました。ロットがいうことは私には絶対です。私は生きています。」
「ビィ・・・」
俺はビィか言う言葉に胸をえぐられる思いがした。
リリィさんが悔しそうな表情をうかべ、それでも負けじとビィに向かって言葉を放つ。
「ロボットのくせにいきているですって?生意気な。貴方なにも感じたりできないくせによくいうわね。あったかいとか冷たいとか、そういった感覚すらないのにどうやって生きてるなんていえるの?」
その言葉に負けない蒼い目は、まっすぐにリリィさんを見つめこう言った。
「私にはわかりません。でも、ロットが私のための証明してくれると言ってくれました。私はロットを信じます。」
涙が出そうになる。
ビィはこんなにも俺を信じてくれているんだ・・・
「信じる・・ロボットが人間を信じる?」
「はい。私はロットを信じます。」
「こんなこと信じられない・・」
「では、貴方はなにを信じているのですか?」
まっすぐな蒼い目がリリィさんをだんだんと追いつめているようだった。
リリィさんはその目から視線をそらし呟いた。
「なにを・・自分よ!自分以外に誰を信じられるっていうの?誰も助けてなんかくれないわ。」
「私は・・自分を信じることは出来ません。ロボットですから・・・でも、ロットは違います。私を信じています。私に感情があると。だから、私は私を信じているロットを信じます。」
リリィさんは大きなため息をはき座り込み、椅子の背もたれに体をあずけた。
その目から戦意が喪失しくようすがみてとれた。
「・・・なんだか貴方と話してると馬鹿馬鹿しくなるわ。私はなに意地張っていきてるんでしょうね」
「貴方はなにを信じますか?」
ビィの蒼い目が刺すようにリリィさんを見つめていた。
「私は私よ。誰にも頼らず生きるの。ロボットにも。」
「貴方は強いのですね、うらやましい」
ビィはそう呟き、目を伏せた。
その姿はさっきまでとは違いなんだかとても弱々しく、はかなく思えた。
「・・・ロボットも飼い主に似るのかしら?貴方のご主人様もそういってた。」
「ロットはご主人様ではありません。友達です。」
即答するビィを見て、俺はとてもうれしくなった。
リリィさんは俺をみつめ一つうなずいた。
「そうだったわね。ごめんなさい。貴方と話せて楽しかったわ。ありがとう。」
「・・ありがとう。貴方で二人目です。」
「なにが?」
リリィさんが思わず問いかける。
「いま貴方は私にありがとうと言ってくれました。感謝の言葉をいわれるのは二人目です。」
「・・・・口がすべったのよ。」
そういうとリリィさんは少し笑った。
ビィは俺を見つめうなずく、そんな二人をみて俺は幸せな気分になった。
ビィは確実に成長している。感情を持とうとしている。
俺はたしかな手ごたえと心のなかにあったかい気持ちを感じた。
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2005/11/15