その夜、俺はビィの電脳を調べることにした。
店の隅にある簡易ベットにビィを寝かせ、部品を一つ一つチェックしていった。
が、しかし・・・
「ほんとどこをどうやっていじったんだか・・さっぱりわかんねぇよ・・・」
見たことない部品やら、改造された部品やらでいっぱいのビィの電脳は俺の理解の範疇を超えていた。
頭をかきむしりながら格闘していると、不意にビィが話し掛けてきた。
「少し休んだらどうですか?あまり根を詰めると体壊しますよ?」
「そうだな。心配してくれてありがとう。」
「心配?」
そういってビィはまた少し困った顔をした。
「そう。いま君は俺のことを心配したんだ。」
ビィは困ったような顔をした後、俺も目をみて言った。
「そう、心配です。最近あまり寝ていないみたいですし。」
「まだ、若いし大丈夫だよ。」
困った顔のままのビィに向かって俺はガッツポースを決め笑いかけた。
「わかりました。でも今日はちゃんと寝てくださいね?」
「はいはい。わかりました。」
俺がしぶしぶそう返事をすると、ビィの表情か心なしか明るくなったように思えた。
「・・・ほんとビィ最近いろんな反応するようになったな。」
「そうですか?」
「うん。ほんと研究しがいがあるよ。」
日に日にビィは成長しているようなそんな気が俺にはしていた。
いろいろな人に触れ、反応を覚える。
これは普通のロボットのもっている学習システムの範疇を越えている・・・間違いなく。
そう俺は思っていた。
その理由を探るべく、ビィの電脳を細かくチェックする。
作業に没頭していると、ビィが空を見つめたまま呟いた。
「夢叶うといいですね。」
どうやらはじめに言ったことを覚えてくれていたようだ。
俺はうれしくなってビィをベットに座らせ、目を見つめて言った。
「いつか、ロボットが友達だっていう家族だっていえるそんな時代がくると信じてるよ。ビィみたいなロボットが増えればすぐじゃないかな?」
ビィの蒼い目を見つめていると、俺はなぜだかとても心が安らぐのを感じた。
そんな俺を見つめビィはこう続けた。
「私はロットの夢そのものですね。」
俺の夢。そう俺の夢はこころのあるロボットを作ること。
ビィはたしかにこころを手にしてきている、俺はそう確信していた。
「そうだな・・・ビィ、ずっとそばにいろよな。」
「私は貴方のために存在しています。」
「ビィ・・」
迷いなく俺のために存在すると答えるビィ。
そんなビィを俺はたまらず抱きしめた。
なんなんだ、この感情は・・・胸が苦しい。
「ロット、まだ起きてるのか?明日も仕事だぞ!」
突然2階からガスの声が響く。
俺は慌ててビィを腕の中か引き離した。
「わかってるよ。ビィの電脳がなかなかやっかいでね。」
「・・・あんまりのめりこむなよ。」
「わかってるって。」
俺がガスとの会話を終えるとビィがすくっと立ち上がり。こう言った。
「それでは、ここは片付けておきますのでお休みください。」
「・・・わかった、じゃぁよろしくな。」
「わかりました。おやすみなさいロット。」
「おやすみ。」
俺は胸につかえるような気持ちを感じながら2階の自分の部屋へと戻っていった。
次の日の夜、いつもように一日を終え閉店準備をするガスに思い切ってビィのことを相談することにした。
「なぁ、師匠。ビィの電脳なんだけどよ。どうやら学習システムにバグが生じてるみたいなんだ。」
「バグ?」
ガスは工具を整理していた手を止め、振り向いた。
俺は昨日みた電脳の様子を簡単にガスに説明することにした。。
「やっぱりいろいろ改造されてたんだ、でもあれはシロートだな。どれもこれも中途半端で・・・」
「・・・・」
「で、電脳の方も自分好みに改造しようとしていじったんだろ。でもこれもまた中途半端で改造しきれずバグだけ生じでるみたいなんだ。
でもさすがシロート。どこをどう触ったかはさっぱりわかんないんだよ。」
俺の話を黙って聞いていたガスは俺の話が終わるとまた工具を整理しはじめこう言った。
「・・・でなにがいいたいんだ。」
俺はガスの発している雰囲気に押されながらもなんとか言葉を続けた。
「・・・原因は不明なんけど、なんらかのバグが生じてるのは間違いない・・・」
ガスがまた手を止めこちらに向き直り、怖い顔で俺を見つめる。
俺はその視線に負けまいと目を閉じてこう切り出した。
「なぁ、ビィってなんだか・・」
「こころがあるみたいだとがいいだすんじゃないだろうな。」
驚いた。俺が言おうとした言葉を先にガスが続けたのだ。
しかし、ガスがそういうということは少なからずビィになにか他のロボットとは違うものを感じたということじゃ・・・
そう思ってガスを見つめると、ガスはすべてを見透かすような目でこう言った。
「たしかにビィの行動パターンはこれまでのロボットにはない動きだ。でも、それがバグっていうならそれは所詮プログラムだろうが。」
「でも、人間だって突然変異を繰り返してここまできたんだ。ロボットだってそうやって心を手にしていったっておかしくないじゃないか!」
「生き物と機械は違うんだよ。所詮人間が作り出したもの、そこにこころなんてうまれるはずないだろう?」
ガスの言葉はもっともかもしれない。でも俺は納得がいかず声を荒げた。
「でも、ビィはたしかに俺の気持ちを汲み取って行動してくれる。ビィは俺のことわかってくれてるんだ。」
「・・・ビィに感情移入しすぎだ、たしかにあいつは賢い。でもロボットだ。忘れるな・・」
「違う、ビィは・・俺の友達だ。」
「・・・やっぱり俺の育て方が間違っていたのか。ロボットなんかに子守りさせたから・・」
そういうガスの言葉をさえぎり、俺は続けた。
「違う。他のロボットではこんなこと思ったことない。ビィだから・・・」
「目を覚ませ。いいか?相手はロボットなんだぞ。所詮プログラムされた動きしかできないんだ。」
あくまで冷静に俺を説得するかのようにガスは語る。
「違う・・違う!」
そんなことは聞きたくない!これ以上なにも聞きたくない。俺は店飛び出した。
ビィは・・・ビィは特別なんだ。俺の友達なんだ。
店を出て、ただひたすらにやみくもに走り続ける。
思っていたことをすべて否定されて、俺はただ泣き崩れるしかなかった。
俺は無力だった。
ビィのために何一つ出来やしない。
ビィの大切な思いすら、俺は証明してやることが出来ないんだ。
雪の降る街を駆け抜け、まっくらな空を見つめる。
乱れる息を整えるため冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
周りの明かりはすっかり消えてしまっている。
それもそのはず、もう夜更けだ。
まっくらな街にたたずむと、自分がのけものにされている気分になった。
結局俺の帰る家はあそこしかないんだ。
重い足を引きずり、俺は家へ道を引き返した。
店に戻るとビィが一人後片付けをしていた。
ビィの姿をみるとなんだか胸がつぶれてしまいそうなほど痛かった。
ビィは俺に気づいたのか顔をこちらに向けた。
「おかえりなさい。ガスから伝言があります。」
蒼い目が俺を捉えたが、俺はその目を見つめ返すことは出来なかった。
そんな俺に構わすビィは言葉を続けた。
「「すこし頭を冷やせ。明日は店は休みにする。」だそうです。」
「そうか・・・わかった。」
痛む胸を押えソファーに座ると、ビィが近づいて来た。
「ロットはお茶はいかがですか?」
「・・・」
「ロット?どうかしましたか?」
ビィは今間違いなく俺を心配している。これがこころでなければなんだんだ。
俺はまた出てきそうになる涙をこらえ、ビィに問い掛けた。
「なぁ、ビィ?」
「はい。なんですか?」
「こころってなんだと思う?」
「こころとは人間の思い、考えなど精神活動の総称のことです。」
「そういうことじゃなくて・・・ビィ、キミにはこころはないのか?」
「私はロボットですから。」
即答するビィになぜだかすごく腹がたった。
「ロボットにこころがないなんて誰が決めたんだ!あったっていいじゃないか!」
俺はビィの肩をつかんだ。強く、強く・・・
「落ち着いてロット、私にはこころとはどういうものか理解することが出来ません。でも・・感じてみたいとは思います。」
「ビィ?」
そう答えるビィに俺は驚きを隠せなかった。
こころを・・・感じてみたい?
「ここで暮らすようになっていろいろなことを学びました。人には感情があるってこと、それは人の行動により生み出されていること。」
「そう・・・そうだよ。」
「ロットは私が動くことによって、いろいろなことを感じ言葉をかけてくれます。しかし私はなにも感じることは出来ない。
言うとおりにしか動くことが出来ない。
なぜならそういったように作られてはいないから・・だからそれが・・」
息が苦しくなった。胸が詰まって息が出来なくなった。
ビィはいつもそんなこと思っていたのか。
だからいつも俺が言葉をかけるだび、すこし困ったような顔をしていたんだ・・・
俺はそんなことにも気づかすに・・・こらえていた涙が頬を伝った。
それがばれないよう、ビィの肩をつかんでいる手を自分の方にひっぱりビィをできるだけの力で抱きしめた。
ビィの鉄のボディはやはり硬く冷たかったが、俺はその中にあるとてもあたたかい何かを感じた気がした。
ビィを抱きしめたまま、俺はビィに言った。
「・・・そういうのを悲しいっていうんだよ。」
「悲しい?」
「そう。ビィは今俺のために悲しいって思ってくれたんだ、それが心なんだよ。ビィ、やっぱり君にはこころがあるよ。」
「こころ・・・」
ビィが一言一言大切そうに「こ・こ・ろ」と言葉にする。
「そう。やっぱりあるんだよ、こころが。ビィ、それをみんなに証明しよう。君が生きてるって証明を。」
「生きてる?」
「そう、おもちゃなんかじゃない。意思を感情をもって生きてるんだってこと。」
「でも、私はロボットです。」
抱きしめている腕を放し、目を見つめてビィに問い掛ける。
「関係ないっていってるだろう?ロボットも生きてるんだ。ビィ、協力してくれるよな?」
「それはロットのためになるんですか?」
「ちがう!ビィ、君のためだよ。」
「私のため・・ありがとうございます・・・なんていっていいかわからない。」
また困ったような顔をするビィ。
そんなビィに向かって俺は笑顔でこういって教えてやった。
「ビィ、そういうのをうれしいっていうんだよ。今、君は俺がビィのために動こうとしていることをうれしいと感じた、違うか?」
「うれしい・・そううれしいです。ありがとうございます。」
ビィはいつもの困ったような表情ではなく、ほんの少しだけど微笑んでそう言った。
俺はその表情をみて、胸の高鳴りを感じた。
「そう、その調子。さてこれから忙しくなるぞ!君の電脳も解析しなくちゃいけないし、世間を納得させるには証拠が必要なんだよ。」
「はい。ロット。」
この日から俺とビィとの戦いの日々が始まった。
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2005/10/15