その次の日の朝。
目覚ましがリリリ、リリリと高い音を鳴らし続ける。
俺は布団の中から手だけ出し枕もとにある目覚ましを手探りでとめる。
「ふぁぁ・・・ねむ。」
昨日は店が終わった後もビィのボディを点検していたので寝るのが遅くなってしまったのだ。
暖かい布団から足だけ出して床に触れると、ひんやりとした感覚。
それでようやく少し頭がさえてきた。
思い切って布団から這い出る。
すばやく服を着替えると顔を洗い、下へと降りる。
この家は1階部分は店、2階部分は住居スペースになっていてそこに俺とガスが住んでいるというわけだ。
店に下りるとビィが簡易ベットに横たわっていた。
俺はビィに近寄り、声をかける。
「おはよう、ビィ。」
すると閉じられていたまぶたが開き、蒼い目が姿をあらわした。
「おはようございます、ロット。」
薄汚れていたボディは昨日俺が整備したおかげで新品同様になっていた。
「さて、開店準備をしますか。」
俺の朝は毎日ここからはじまる。
雨の日も風の日も雪の日も同じ。
壁にたてかけてあるホウキを手にとり掃除をはじめた。
「なにかお手伝いできることありますか?」
ホウキで店内を掃除していると、ビィが近寄ってきた。
俺はしばし考え、持っていたホウキをビィに渡した。
「んじゃ、ここ掃除してくれるか?」
「了解いたしました。」
俺は言葉の響きが気にかかった。
了解いたしましたって友達にはいわねぇよな・・・・
「その了解しました・・っていうのかたいな。」
「かたい?」
ビィが言葉を繰り返し、首をかしげる。
「そう、友達としゃべる言葉じゃないな・・せめてわかりましたとかにしないか?」
「わかりました。ロット。」
「そうそう。」
なんだか俺はうれしくなって鼻歌なんか歌いながら店の工具をチェックする。
ビィは黙々と掃除を続けていた。
そこへガスがやってきた。
「おはようさん。おっ、直ったのかこのロボット。」
ガスはビィをしげしげと見つめていた。
「おーガス・・じゃなかった師匠。おはよう。」
「おう。」
返事はするもののガスの視線はビィにくぎ付けだ。
俺には興味なしかよ。
「壊れてるところはそうなかったんだ。でもこいつなんか良くわかんない回路が組み込まれてる。通常の学習システムじゃないなんか特別なものがこいつ・・ビィの電脳の中核になってるみたいで。」
「みたことない電脳?」
最近のロボットは「学習システム」というプログラムを搭載している。
簡単に言えばロボットは一度言われたこと、したことは記憶しそれを復元できるプログラムだ。
そのため、ロボットは一度頼んだことは2度目からは自動的に行うことができ自分好みのロボットになるというわけだ。
でもビィの電脳についている「学習システム」は従来のそれとはことなり、なにか改造がほどこされているようだった。
ガスが目を細めビィを見つめる。
「そう。まぁ今は動いてるからいいけど。またゆっくり見てみるよ。」
そういうとガスは俺をみつめうなずいた。
「そうか。それじゃこのロボットはここでしばらく働くってことだな。ちょうど手伝いロボットが欲しかったとこだったんだ。最近忙しくなってきたしな。」
「そうだろ。掃除や受付はビィにやらせればいいよ。結構いい電脳つけてるみたいだからだいだいのことは理解できるみたいだし。」
「そりゃいい。ビィって名前つけたのか。お前らしい、ロボットに名前なんて。」
ガスがちょっとこばかにしたような口調でいうから、俺は少しムキになって言い返した。
「いいじゃんか。俺のロボットなんだし。」
「好きにしろ。」
それだけいってガスは奥へ引っ込んでいった。
「というわけで、受付もよろしくな、ビィ。」
ビィは手を止めて振り向き、丁寧に頭を下げながら
「わかりました、必要なことはインストールしてください。」
といった。
「わかった。そんな難しいことじゃないし、あとで入れておくよ。」
「はい。」
そういうとビィはホウキをもとあった場所に戻し、俺を振り返り言った。
「掃除終了しました。次は何をしましょう。」
「おっ!仕事がはやいな。じゃぁ次はあそこの棚整理してくれるか?男二人だととうしても雑になっちゃってな。」
俺の指差す先には工場の棚。
工具やら部品やらいらないもの・・・すなわちごみまで、こぼれんばかりに乗っている。
「ごみは捨てて、工具は工具箱へ。部品は一番下にまとめておいてもらえるか?」
そういうとビィは
「わかりました。」
そういって奥へ歩いていった。
それと入れ替わるようにガスが店に出てくる。
「さて、じゃぁそろそろ店あけるか。おっ店が綺麗だ・・やっぱロボット一台いると違うな。」
「だろ。いつもは一人じゃなかなか手がまわんなくて手抜きになっちまうしな。」
「・・・なんか不満か?」
俺の言葉が気に障ったのか、ガスがにらみをきかせてくる。
ただでさえがたいが大きくて威圧感たっぷりなのに、そんな目でみられちゃ蛇ににらまれた蛙の感覚だ。
胃がキュっとなって俺はどこでもいいから逃げ出したい気分になった。
「いや・・・そんなわけじゃ。んじゃ、今日もがんばりますか。」
俺はその場をうまく?切り抜け店の外へと向かう。
ドアの外は相変わらずの白世界。
吐く息は白く、暖かい部屋から出た体には寒さはこたえる。
俺は手早くドアにかかっている札を「OPEN」にひっくりかえし、ドアを閉める。
たったそれだけの動作なのに部屋の温度が下がった気がするのは、俺の体が冷えたからだろうか。
ガスは奥にひっこんだのかもういなかった。
ひとまずほっと息をもらす。朝からどっと疲れた。
「はぁ。」
一息いれて仕切りなおし。
今日はやることがたくさんあるしな。
「さて、今日も一日がんばりますか。」
俺は午前中は伝票や書類の整理。
これをガスにやらせるとひどいことになる。仕方がないのでこれは昔から俺の仕事だ。
「しかしガスもためすぎだろ・・・」
目の前の机には紙がまるで洪水をおこしたかのように乗っている。
昨日の午前中は部品をとりにいっていたため作業ができなかったのだ。
ちょっとくらいやってくれてもいいのにと思ってみるが、あのでっかいがたいでこの小さな電卓をたたく姿は似合わないしあきらめた。
そんなこんなで机の上の書類をまず用途別に仕分けした。
赤い缶に売上伝票。青い缶に修理依頼。緑の缶に部品の請求書。それぞれの箱に手際よくいれていく。
ちなみに色分けしたのはガスにわかりやすくするためだ。
俺がした苦労もさっぱり無駄だったのはこの机の上で起きている紙の洪水をみればわかることだろう。
仕分けしたものをそれぞれまとめ、帳簿につけていく。
しばらく電卓を叩きつつ、数字を書き込んでいると店のドアが開く音が聞こえた。
「すみません」
「はい。」
俺は返事をしたが、はじめた計算が今佳境で手が離せなかった。
どうしよう・・・そうだ!
「ビィ!ビィちょって来てくれないか?」
呼ぶとすぐに奥からビィが出てきた。
「はい。ロット。ご用事でしょうか?」
「今手が離せなくて、このお客さんにお茶だしてくれるか?」
「わかりました。棚の整頓作業をいったん中止し、お茶をいれてまいります。」
少し計算の手をやすめ、お客さんらしき人に声をかけた。
「すみません、すこしそこで待っていただけますか?すぐお茶もってきますんで。」
その人はうなずき、近くにあったソファーに腰をおろした。
その人は女性で、髪は短く、年は俺と同じくらいか少し上かといった感じ。
いかにもキャリアウーマンといった感じだった。
しかしそう見つめているわけにもいかず、おれは仕事を一段落させるべく忙しく手を動かした。
しばらくするとビィがトレイにコーヒーを乗せて持ってきた。
「お待たせいたしました。」
「・・・」
ビィがテーブルにコーヒーを置くと、その人はなにも言わす当然とばかりにお茶を受けとった。
「失礼いたします。」
ビィは特に気にしたようすもなく俺声をかけた。
「ロット、作業に戻って構いませんか?」
「うん。ありがとうビィ。」
「・・・・」
すこし困ったような顔をするビィ。
「ありがとうっていわれたらどういたしましてだよ。」
俺がそう教えるとビィは素直に
「どうしたしまして、ロット。」
と言った。俺はまたちょっとうれしくなった。
なんでだろう?
「はい、よく出来ました。行っていいよ。」
「はい。ではお仕事がんばってくださいロット。」
「おう。・・・えっ?」
ビィ・・・今がんばれって言わなかったか?おかしい、ロボットにそんなプログラムはないはずだ。
それを誰に言わされたわけでもないのに自主的にいうなんて、ビィの電脳はどうなってんだ・・・
「あの??」
「あっ!はい!すみません。」
俺はお客さんがいることを忘れ、しばし考え込んでいたようだった。
ビィのことは後で考えよう。
一段落ついた書類を片付け、彼女のソファーの向かいの椅子に座る。
「すみません。お待たせして。どういったご依頼ですか?ロボットの修理?」
「私こういうものです。」
彼女は黒いかばんの中から名刺を取り出し俺に渡した。
「雑誌ロボット・・記者の・・リリィさん??」
俺は名刺をみて名前を繰り返した。
するとリリィさんはうなずき話し始めた。
「はい。今回ロットさんの研究について取材させていただきたく思い伺わせていただきました。」
「俺の研究??」
「そうです。何でもこころのあるロボットを作ろうと研究中だとか。」
「はい、そうですが・・・」
俺はリリィさんの話のペースにすっかり飲まれてしまっていた。
言葉を繰り返すか、はいくらいしか返事が出来ない俺にはかまわずリリィさんは話しつづける。
「単刀直入にお聞きします。今のロボットは主に使用人として、生活に必要な様々なことを変わりにやってくれるようになりました。しかしそのロボットに心を持たそうと。なんのために?」
「なんのためにって・・・そりゃいつかロボットも家族の一員として・・・」
そういったとたん、リリィさんの声色が変わった。
「ロボットが家族!!そんなありえないあんな鉄の塊が??・・・・すみません私情がはいりました・・その・・なんのためにそういったことを研究されているのか、それが将来どのような役に立つのか、そのあたりのことも含めて少しお時間いただいて取材させていただきたいのですが。」
すぐに冷静さをとりもどしたが、どうやら彼女はロボットが嫌いらしい。ならどうしてこんな仕事をしているのだろう。
しかし取材か・・・仕事も忙しいし、第一雑誌ロボットとという雑誌自体俺は読んだこともなかった。
「取材ですか・・・いや僕はそういったことに興味は・・・」
俺はやっとのことで自分の意見を言おうとしたが、またもやリリィさんの言葉にさえぎられる。
「もちろんタダでとはいいません。取材料も多少なりともお支払いさせていただきますし、もしこの記事が話題になれば貴方につくスポンサーも現れるかもしれません。わたしどもの雑誌はその筋では有名ですから」
「スポンサーですか?」
「はい、お金の心配なく研究が出来る。研究者にとってこれほどの贅沢はありませんよね?」
「まぁ。そうですけど」
お金、たしかにそれは魅力的だが・・・
気持ちが揺れ始めたとき、奥からガスが出てきてこう言った。
「受けな。その話」
言い切りかよ・・・・
「急になんだよ!」
「そんなおいしい話、断るほうがおかしいぜ。お金がもらえて。さらに研究の宣伝までしてくれるんだ。ありがたい話じゃねぇか。」
「そうだけどよ・・」
俺がしぶっているとリリィさんが立ち上がり、ガスに握手を求めた。
「そうですよね。良くお分かりで!それでは来週から正式に取材させていただきますから、よろしくお願いいたします。」
「おう、わかった。来週だな。」
「ちょっと・・」
俺の意思はそこには汲み取られないのか?
「それでは私次の取材がありますので、今日はこの辺で失礼させていただきますわ。それでは・・」
そそくさと荷物をまとめリリィさんは出て行った。
そんな彼女を呆然と見つめる俺。
その横で満足げな表情のガス。
「ちょっと・・・ガス・・・」
「まぁ、いいじゃねぇか。」
ガスは口元を少しあげ、微笑んだ。
その顔をみて俺はひらめくものがあった。
「ガス・・なにたくらんでるんだよ。」
「なんの話だ」
ガスはわざとらしく首をすくめ、空をみつめた。
「とぼけるんじゃねぇよ。あんたが何の計算もなくこんなこと受けるとはおもえないからな。」
「よくわかってんじゃねぇか。雑誌ロボットといえばこの世界で知らないものはいないくらいの一流誌だぞ!」
えっ?そうなの??聞いたことないけど。
「俺・・・知らないけど・・・」
「そんなのお前だけだ。いいかお前の取材ということはこの店も取り上げられるってわけだ。いい宣伝になる。客も増える。お前にも金が入る。ほらいい話じゃねぇか。」
「結局店の宣伝かよ・・・」
がっくりと息を吐く俺。
そこへビィが奥から出てきた。
「ロット、棚の整頓終了しました」
棚を見るとさっきとは見違えるほど片付いた棚になっていた。
これで明日からは工具を探す時間は省けて仕事がはかどるかも、なんて思ってみたり。
「おーご苦労さん。じゃぁ、こっちにきてくれるか。簡単な受け付けのプログラムをインストールしておくな。」
「わかりました。」
店の隅にある簡易ベッドにビィを寝かせ、電脳にプラグをさし端末からデータをインストールさせる。
会計のプログラムも作ろうかな・・・これから忙しくなりそうだし。
そんなことを考えながら俺はビィを見つめていた。
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2005/10/22
長いわりに話進んでないよね・・・