切ない距離


空には月

隣にはあなた

切ないひと時




寒空の帰り道。
みんなで歩く、駅までの道。
お酒も入って騒がしい人たちの少し後ろ、並んで歩く私たち。

「みんな、元気だねぇ。」

私が言うと

「まぁ、楽しそうでいいじゃん。」

と貴方。

仲間内でお酒を飲むと、なぜかこういうペアになることが多い。
飲み会は好きだけど、二人とも楽しそうにしている人たちをみて楽しむタイプ。
決して、理性をなくすまではお酒が飲めないのだ。

「しかし、寒いね。」

私がマフラーでぐるぐる巻きの口もとから、白い息を吐き言うと

「ほんと、昨日のあったかさはなんだんだろ。」

と貴方。

隣を歩く貴方はお酒のせいでちょっと上気した頬が赤く、いつもより少しおさなく見えた。
その横顔を盗み見ていたとき、貴方の顔がこちらを向いた、

「なに?」

そう聞かれても、貴方の顔見てました。なんて答えられるはずもなく、とっさに私は空を見上げた。

「月。」
「えっ?」

貴方が少し驚いたように、上を見上げる。

「月、綺麗だな。と思って。」

動揺した心を悟られまいと、なるべく普通な感じで言う。

「ほんとだな。街中でも意外に綺麗にみえるんだな。」

と今度は上を見上げながら歩く貴方。
また、その横顔を盗み見る私。
月明かりに照らされた横顔は、とても魅力的に見えた。

「でも、月なんか見上げたの何時振りだろ。」

上を見つめながら貴方が言う。

「そんなに?日ごろは空見上げない?」

私は月を見ているフリをしながら、言葉を返す。

「見ないな。前見たのは…そう、ドライブのときだな。夏の。」

夏のドライブ、それは同じ仲間で言った海までのドライブ。
たしか、そのときも私が言ったんだっけ。
そんなことを考えていたら、

「そのときも、お前がいったんだよな。月って。」

と貴方。
覚えてくれていて、うれしかった。
不意に顔がにやけそうになるのをなんとか抑えながら、

「そうだっけ?」

なんて素っ気無い返事を返す。
そのまま、少し二人とも無言で歩く。
だんだんと、仲間達の声が、遠くなっていく。

「おいてかれそうだね。」

と、声をかけても貴方はまだ空を見つめていた。
私は、もう少しこの時間を大切にしたくておいていってくれたらいいのになんて思っていた。

「星も少しはみえるんだな。」

冬の冷たい空気を裂いて、貴方の声が響く。

「そうだね。」

私も、冷たくなった手をポケットに入れながら空を見上げた。

「月、見れてよかったね。たまには空見上げないとだめだよ。」

と私が言うと

「そうだな、たまには見ないとな。こんなに綺麗なんだから。」

と貴方。
その少し寂しそうな横顔に、また私の胸がズキッと音をたてた。

私と一緒にいれば、こうやっていつでも月を見上げられるのに。
貴方が月を見上げることを忘れてしまっても、私が思い出させてあげられるのに。

そのまま、駅まで二人で歩く。
静かで、穏やかな時間。
触れそうで触れない距離、届きそうで届かない手。
でも、隣に貴方がいるだけでとても幸せな気分になる。
こんな何気ない瞬間がとても大切で、宝物みたいだなんて貴方が知ったらバカみたいと思うかもしれない。
でも、寒空の下貴方と並んで歩く駅までの道が私の大好きなひと時。





空には星

となりには貴方

幸せなひと時





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2007/03/04



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