握り締められた切符





手の中でくしゃくしゃになる切符

まるで私の心のように

折れて 曲がって 破れるの






「もう、帰る!」

そう言い残して彼のもとをさったのはもう何分前だろうか。
勢いで切符を買い、ホームまで入ったがどうしても電車に乗ることが出来なかった。
ここで帰ってしまったらすべてが終わる気がして。

果たして喧嘩の原因はなんだったろうか。
今思えはとてもくだらないことのように思えてくる。

時間に少し遅れてくるなんていつものこと。
遅れて私が待ちくたびれた頃にきて、ごめんって軽く流す、これもいつものこと。
どこいく?って聞いたって、さぁ?って返される、なんてこともいつものこと。
でも、そのいつものことが今日はなぜだか許せなかったの。

どうしてそんなことが出来るの?
いつも不思議だった。

彼は私をなんだと思っているのだろう。
都合のいいときに休める休憩所のようなものだろうか。
私が居て欲しいときには、全然居てくれないくせに。
もう、こんなやつこっちから別れてやる!
そう思うけど、やっぱり電車に乗ることができない。
ホームのベンチに座り、かれこれ数十分。
何本の電車を見送っただろうか。
結局、私は待っているのだろう。
彼が止めてくれるのを。

その願いもむなしく、さっきから私の携帯電話は一つの音も鳴らしてはくれない。
携帯と反対の手に握った切符は無意識のうちに握りつぶしていたのかくしゃくしゃに折れ曲がっていた。
まるで私の心のように。

「もう、限界かな。」

一人呟き、次の電車に乗ろうと心に決めたのは彼と別れてから丁度一時間たった頃だった。
目の前のホームに電車が入り、たくさんの人たちが吐き出される。
終点の駅なので一時電車はからっぽになり、すこし寂しさを感じさせる。
私は長い間座っていたベンチを離れ、電車に乗り込む。
空いている席に腰掛け、窓の外をぼんやりみつめた。
この期に及んでまだ私は彼を探していた。

「バカみたい。」

心で呟き、目を閉じる。
要らない期待はもう捨てよう。
今日で彼とも終わり。
追いかけてきてくれないということはそういうことなのだろう。
私が居なくても、彼はまた休憩する場所を変えればいいだけの話。
別にここ(私)でなくてもよいのだろう。

「ここにいたのか。」

聞こえる声。
聞き覚えのある少し高めの彼の声が聞こえた。

「えっ。」

驚いて目を開けると、そこには彼がいた。

「とりあえず降りるか。」

そういって腕をとり、私を電車の外へと引っ張り出した。

「なにすんのよ。」

彼の手を振り解き、私は言った。
そのとき握っていた切符がはらりと手からすり抜け落ちた。
彼はそれを無言で拾いあげた。

「待ってたのか?切符こんなになるまで握り締めて。」
「そ・・・な・・・・こと・・・・・な・・・・」

そんなことないって言い返したいのに、なぜか声が震えてうまく言葉に出来ない。
そうこうしている間に乗るはずだった電車は発車してしまい、ホームには私と彼が取り残された。

「泣くなって、ごめん。俺考えてたんだ。」
「な・・・にを。」

彼は私を近くにあったベンチに座らせこう言った。

「俺さ、お前に甘えすぎてたのかなって。お前ならなんでも許してくれる気がして。」

そういって、私の隣に座った。

「お前が帰った後さ、俺最初はなんだよって腹がたってさ帰りたきゃ帰ればって思ったんだ。」
「なによ・・・それ。」

幾分か落ち着いた私は思わす言い返した。

「いや。でもさ。一人でふらふら街歩いてるとさ、やっぱりお前のこと思い出して・・・なんか最近お前の話とかちゃんと聞いてなかったんじゃないかと思ってさ・・・」
「・・・・」

恥ずかしいのか、途切れ途切れで話す彼を私はなんともいえない気持ちで見つめた。

「言い訳になるけどさ、お前なら待ってくれるって思ってたから遅刻できたわけだし・・・」
「それってなんかひどくない?」

私がちょっと怒った声で言い返すと

「だからごめん。」

と素直に返されてちょっと拍子抜けした。

「なんで電話くれなかったの?待ってたのに。」
「・・・・充電切れてて・・・」
「なんだそれ・・・」

なんだか情けなくて涙が出てきた。

「だから俺、お前の行きそうなとこ探して・・・でも居なくて。ほんとに帰ったんじゃないかと思ってたところだったから・・・居てよかった。」
「帰るっていったじゃん。」
「いや。なんかお前は帰らないんじゃないかと思って。最初は戻ってくると思ってたし。」

なんでもお見通しなんだろうか・・・
意地張って帰るなんて言ったけど、ほんとは戻りたくて仕方なかった。
結局、どんなことされたって好きなんだもん。仕方ない。

「ごめんな。これからなるべく気をつけるから。」

彼がすまなそうに呟く。
その声があんまり寂しそうで、まるで置いていかれた子供みたいな声だった。

「うん。遅刻するときはちゃんと連絡して。」
「はい。」
「遅刻したらちゃんとあやまって。」
「はい。」
「何処行く?って聞いたらちょっとは考えて。」
「はい。」
「それから・・・」

私が延々続けようとすると、

「そろそろ勘弁してくれないか・・・」

と彼。
仕方ない許してやるか。
彼の手の中で、くしゃくしゃの切符が大切そうに握られているのを見て幸せを感じた。






くしゃくしゃになった私の思い

それを拾って

大切に握り締めてくれる

そうやって出来た皺だって

それが二人の歴史じゃない?





* * * * * * * * * * * * *

2006/05/04

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