季節はずれの海
季節はずれの海
寄せては返す波をみて思う
この波のように
貴方の気持ちも
引いたり、満ち足りしてるのだろうと
季節はずれの海に出かけたいといったのは私。
夏も終わりに近づいた9月のある日、私は突然彼にこう言った。
「海、行こう。」
彼は驚いた顔で
「もう、泳げる季節じゃないよ?たしかに今年海いけなかったけど…」
と言った。
「海で泳ぎたいんじゃなくて、海が見たいの。」
そう私が言うと、貴方は不思議そうな顔で
「そう。」
とだけ呟き、車のキーをつかんで玄関へと向かった。
付き合ってすぐの頃はこんな態度をみて彼が怒ったのだと思い悲しい想いをしたものだけど、今となってはこれが言葉が少ない彼の了承の意だとわかっている。
私は近くにあった私のカーディガンと、彼のシャツをカバンに入れ彼の後を追った。
車に乗り込み、彼がエンジンをかける。
少し前までは夏の空気で車の中は焼けるように暑かったのに、もう今は窓を少し開ける程度で涼しく感じる。
すべるようにガレージから抜け出し、海へ向かう道へと走り出す。
「一番近いとこでいい?あんまり綺麗なとこじゃないけど。」
彼が私に問い掛ける。
私は地理がさっぱりなので、彼は何処に行くとは言わない。
近いか遠いか、どのくらいかかるか、私に重要なのは方角ではなく時間と距離だと知っているから。
「いい。任せる。」
私がそう言ったのを確認して、彼はラジオのスイッチを入れた。
ラジオからはまだ夏の香りがする曲が聞こえた。
「どのくらいで着く?」
曲の切れ間に私が聞くと、
「混んでなければ30分。」
と、彼は赤信号で止まったタイミングで私の方を向きそう答えた。
「ふーん。」
相槌を期に車の中はラジオの音に支配される。
私は眠るでもなく、ラジオの曲を口ずさむでもなくただ前をみていた。
彼はだまって車を海へと走らせた。
そうしてしばらくの時間が過ぎ、
「もう、着くぞ。」
と沈黙を破り彼が言った。
「そう。」
私が短い返事を返すと、車はがらがらの駐車場に入っていった。
適当な場所に車を止め、彼がエンジンを止めた。
「ここから歩いてすぐだから。」
そういってシートベルトをはずす彼。
「わかった。」
私もシートベルトをはずし車の外へ、外の空気はすこしひんやりとして半そでの腕には肌寒かった。
冷たい風にほんのりと潮の香りがして、海が近いことを教えてくれた。
二人で並んで歩く、手は繋がずに。
付き合ってすぐの頃は、なにかと手を繋いでいた。
歩くとき、眠るとき、テレビを見るとき。
でも、いつの頃か彼の手は私の手を求めなくなった。
しばらく歩くと波の音が聞こえた。そして、その直後目に青がうつった。
「海だ。」
私は一人走り出す。海へと向かって。
彼は驚いた様子で私を見ていた。
砂浜をスニーカーで踏みしめ海へと近づく。
走る足に砂が絡みつき、こけそうになる。
「危ないぞ。」
少し遠くから聞こえる彼の声。
それに構わず私は走りつづけた。
砂がスニーカーの中に入りじゃりじゃり音を立てる。
私は波打ち際まできて、走るのを止めた。
寄せては返す波。その瀬戸際にたち海を、波を見つめていた。
少し遅れて彼が追いつく。
「急に走るなよ。危ないだろ。」
私のすぐ後ろで聞こえる声。
「うん。ごめん。」
そう答えたけど、私は後ろは振り向かず海をにらみつけた。
「ねぇ…」
「ん?」
彼に問い掛けると、後ろから返事。
どうして隣にきてくれないのだろう?どうして私の手を取ってくれないのだろう。あの夏の日のように。
「私のこと好き?」
彼に問い掛けると、後ろから息をのむ音か聞こえた。
「急になにいってんだよ。」
後ろから聞こえていた声が、横に流れる。
彼が横を向いたのがわかった。
「去年の夏はさ、一緒に海にきたよね。」
「ああ。」
去年は夏まっさかりの8月、二人で海に来た。
水着をきて日の照りつける中、肌が黒くなるまではしゃいだ。
「今年はさ、来られなかったよね。」
「ああ。忙しかったしな。」
今年は彼は忙しいといい、私もなかなか時間が作れず来ることが出来なかった海。
でも、果たして本当に忙しかったのだろうか?
「でもさ、これが去年なら来てたよね?」
「どういう意味?」
去年もそれなりに忙しかったはずだ。
二人とも去年と状況はさほど変わりない。
なのにどうして来られなかったのだろう。
「無理、しなくなったよね。私たち。」
「…」
無理、そう無理だ。
去年は睡眠時間を削っても、彼は私に、私は彼に会おうとしていた。
でも今年はそうではない。
相手より、自分が優先だったような気がする。
「なんかさ。なれちゃうって嫌だよね。また次があるなんていいわけだよね。」
「ごめん。」
彼は都合が悪くなるとすぐに謝る。
なにが悪いのかわかってはいないくせに。
「怒ってるんじゃないの。ただちょっと悲しいの。」
「なにが?」
ほら、わかってないじゃない。
私の気持ち。なにが伝えたいのか。
「どうして、気持ちって持続しないのかな?どうしてずっと好きって気持ちもっていられないのかな?」
少し涙声になってしまった声を聞き、彼が後ろから腕を回し私の腕の前で組んだ。
「俺はお前のこと好きだよ。お前は違うの?」
半そでの腕から熱が伝わり、涙がこぼれた。
「好き。でもすごく好き、とか胸が痛くなるほど好きとか、そういうんじゃなくなってきてる気がするの。」
それが不安なの。
口には出さず、こころで呟いた。
「それはさ、仕方ないんじゃないか?」
彼の言葉に、私は愕然とした。
仕方ない?努力もしないで?私の手さえ握ってくれないくせに。
一気に怒りが込み上げた。
「なにが仕方ないのよ!どうしていつも仕方ないで片付けるの?どうしてあの時みたいに大丈夫だよって、ちゃんと安心させてくれないの?」
腕を振り払い、彼の方へ向き直る。
すると彼は私の肩をつかみ、自分へと引き寄せた。
「落ち着けって。」
「だって、仕方ないってひどい。」
私の涙が彼のシャツを濡らす。
「それは言い方が悪かった。ごめん。でも、聞いて。」
「なにを?言い訳なんて…」
私が言い返そうとすると、彼は私の肩を押し距離をあけ、私の目を見つめた。
「ずっと付き合いたての時のドキドキがつづくなんてありえないだろ?」
「それはそうだけど…でも…」
「でも、聞いて。」
彼が私の言葉を押しとどめるから、私は黙って聞くことにした。
「でもさ、その時にはなかった信頼とか愛情とか今の俺達にはあると思うんだ。」
信頼?私がまた口を開きかけたとき、彼は私をぎゅっと抱きしめた。
彼の心臓の音が聞こえる。
「たしかに、海に来られなかったのはお前に甘えてたのかもしれない。無理したら来れたかもしれないけどそんなことしたってお前が心配するだけだと思ったし。」
「心配?」
押し込められた胸のところで私は聞く。
「いつも、お前。俺に言うだろ。無理はしないでって。」
たしかに言った。辛そうな顔みるの私が辛いし。
「だから、お前に甘えて睡眠時間をとったりもした。」
うん。たしかに。寝不足だって言われたら今日はゆっくり寝てって言う気がする。
「でもさ、それはお前を信頼してるからできることじゃん。」
「信頼?」
私の声がまた涙で濡れる。
「そう。お前はほんとに俺のこと心配してくれてるって思うから。上辺だけじゃないってわかるから。だから。」
そう。ほんとに心配だった。電話の声がとてもしんどそうだったから。
「お前が俺のこと気遣ってくれるのも俺は愛情だと思うし。たしかにドキドキはなくなったかもしれないけど、もっとなんか深いもん。あるんじゃないかと思う。」
だんだん彼の声が小さくなる。
たぶん照れているのだろう。日ごろこんなこというキャラじゃないし。
でも、彼の言葉を聞いていると気持ちが落ち着いてきた自分がいる。
そうなんだ。きっとこのじわってくるあったかい気持ちがきっと大切なんだ。そう思えた。
背中に感じる彼の温度を感じながら、ここにちゃんと好きって気持ちはあると感じた。
「ごめん。」
私が呟くと。
「いや。俺も悪かったよ。ちょっと甘えすぎてたかもしれない。」
と彼が小さな声で返す。
その照れてる姿すら愛しいと思った。
「でも、一つお願いがあるの。」
「なに?」
彼の返事を待って、彼の胸にうずめていた顔を上げた。
「手、繋いで。」
「それだけ?」
彼は不思議そうに呟く。
「うん。それだけでいいの。」
そう答えると彼は私の左手をとり、右手を重ねた。
やっぱり、彼の手は私よりあったかくて大きかった。
「好きなの。手繋ぐの。」
私が言うと。
「そっか、初めて聞いた気がする。」
と彼が言った。
そっか、言ってなかったっけ?
長くいると彼は私のことなんでも知ってるって思っていたけど、言わないと伝わらないことだってあるんだなと思った。
「肌寒くなってきたな。」
彼が言ったので、持ってきていたシャツを渡した。
「おっ!気が利くな。」
「だってすぐ風邪引くでしょ?うつされるの嫌だし。」
彼は私の手を離して、シャツを羽織った。
でも、その後すぐにまた私の右手を包んでくれた。
「これから、ちゃんとして欲しいこといってな。」
並んで海を見つめていた彼が海を見ながら言った。
「うん。お互いね。」
時間という感覚に甘えていたんだ。私たち。
伝えたいことはちゃんと言葉にしなければ伝わらない。
季節はずれの海は少し肌寒いけど、彼の手はあったかくてまるで夏の太陽のようだった。
季節はずれの海
貴方と二人手を繋いで思う
この海のように
変わりゆく温度に
惑わされないでいようと
* * * * * * * * * * * * *
2006/09/01
2800番のキリリクの品です。
「LIEBE」の旭央さまより「海」でリクエストいただきました。
夏のリクエストなのにこんな時期ですみません。
さらに季節はずれだし、タイトルのとおり・・・
遅くなってすみませんでした。